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瀬戸内カヤック潮流旅'09

瀬戸内海の潮流は速い

瀬戸内の海図(その名のとおり海の地図。灯台や航路、港の位置、潮流や水深など、航海のための情報が満載の地図)を見ると、2kn(ノット:1knは時速約1.8km)や3knの潮流の記載は普通で、狭い海況や岬の先端などでは4knや5kn以上も流れているところがある。(いずれも最大値)

リラックスしてカヤックを漕ぐ一般的なスピード(普通の人)は時速4km前後であるから、3knもの潮流にうまく乗れば、漕がなくても海の上をス~イス~イ、カヤックの上で昼寝をしていても進んで行く。(はず)

事実、動力船を持たなかった昔の人たちは潮流や風をうまく利用して、瀬戸内海を縦横無尽に移動していたのだ。

ということで、僕も瀬戸内の潮流と風を感じたいと、潮まかせ風まかせ、瀬戸内海カヤックの旅に出かけることにした。

潮流:潮の干満によって生じる流れ

11月14日(出発前日)

当初、この旅は自然舎のある小豆島を出発し、西へ西へ漕ぎ進み、あわよくば宮島詣でなんかできたらいいな、くらいの軽いのりで企画されたものだった。

ただし、仲間のスケジュールを調整したところ旅の期間はたったの4日間。海図を見てよくよく計算してみると、どうやってもたどり着けるのは広島と愛媛の間、「しまなみ海道」あたり。よし、それじゃ、とりあえずそこを目指そうと、いきあたりばったりの旅の準備はようやく始まった。

ところが、出発直前の予報天気図は西高東低の冬型の気圧配置。西風ビュービュー、もろ向かい風だ。

やる気のない僕たちは向かい風の中なんて漕ぎたくない、じゃなかった、柔軟な発想をもつ僕たちは風や潮流をうまく使って旅をしようと、当初のコースを逆転し、スタート地点をしまなみ、ゴールを小豆島、というふうに変更した。そして出発前日に急遽カヤックを尾道周辺まで運ぶことになったのだった。

村上水軍商会ベースにて出発準備中 photo by shoji

11月15日(1日目)

今回の旅の仲間は世界遺産の熊野で山川海、歴史から文化まであらゆる分野をガイドする「くまのエクスペリエンス」の上野さん、そしていつでもずる休みしているアウトドアライターの堀田さんとその友だちのりえちゃん、そして同じ香川のカヤックガイド「Free Cloud」のしょーちゃん、そして僕の5名。

突如押しかけ(笑)、一晩お世話になった堀田さんの友人、しまなみ周辺のカヤックガイド村上水軍商会村上さんの海の家で旅の準備を済まし、出発地点の福山市内海町横島南の海岸へ移動する。

浜におりるとやはり冷たい西風がビュービュー吹いている。そして目の前には大きくブレイクする波、沖には大小たくさんの白波・・・。

「今日は出発をやめて、みんなで広島にお好み焼きを食べに行こう。」

ずる休みしそうになる堀田さんに思わず付いていきそうになる僕たちだったが、わずかに差し込む太陽の日差しに背中を押され、波の中スタートした。

瀬戸内海にしては大きな波を避けて、少し遠回りにはなるが波静かな内海に逃げ込むと、ようやく海は穏やかになり、西風に乗ってすいすい進み始めた。

それにしても風が冷たかった。

出発したときには僕らを照らしてくれた太陽もいつのまにかどこかへ消えてしまい、上陸して休憩していると冷たい風が濡れた体から体温をどんどん奪っていく。いつもだったら、浜でのんびりと休憩するのが大好きな僕が早く漕ぎ出したいと思うほど寒かった。

潮の流れのことも考えて(つまりは反流となった)、この日は15kmほど漕ぎ進み、宮崎駿の映画「崖の上のポニョ」の舞台のモデルとなった鞆の浦(とものうら)の沖にある仙酔島(せんすいじま)に上陸することにした。

仙人が酔う島。

もちろん僕らも酔いたいと、上陸後、カヤックの整理と着替えを済ませると、渡し舟に乗って対岸の鞆の浦に繰り出すことにした。

ちなみに渡し舟の料金は往復240円、片道5分。福山市営で夜の9時30分くらいまで運航している。

ポニョで有名というくらいしか知らなかった鞆の浦だったが、趣のある古い町並みが残ったとても面白いところだった。

ビールもいいが、養命酒よりも歴史がある(と、酒屋のおじさんが言っていた)鞆の浦名産の保命酒(ほめいしゅ)を飲んで今日の疲れを癒し。

江戸時代から操業する船具店のおばちゃんとお話したりして、鞆の浦の町をぶらぶら歩く。カヤックよりも楽しい時間が過ぎていくのだった(笑)

そして、ほろ酔い気分で仙酔島にもどり、旅の初日は無事終了。あしたはいい天気でありますようにと寝袋にくるまる。

旅のスタート 冷たい西風に心俺折れそうになる
海難除け、子育てに御利益のある阿伏兎(あぶと)観音
仙人が酔う島。仙酔島到着。
僕らも酔いたいと保命酒で乾杯。

2日目(11月16日)

晴れのち曇り、風が弱まって海も落ち着く。

朝9時前、仙酔島を出発。この日は笠岡諸島の白石島を経由して、20kmほど離れた塩飽諸島の手島を目指すことにした。

瀬戸内海は潮流が大きいことのほか、船舶が多いことでも知られている。

本州と四国の間は本船航路であり、大型船がひっきりなしに往来しているし、そこから各港へ分岐する航路、操業する地引網や釣りの漁船、プレジャーボートなど、瀬戸内海でカヤックをする場合は常に周りを航行する船に気をつけていなければいけない。(まぁ、どこの海でも同じだが)

大型船が通過するのを待ったり、地引網漁船の進路を予想しながら、カヤックは東へ東へ進んで行く。

お昼前に白石島に到着。浜のすぐ前にあるさんちゃん食堂でお昼ごはんとなった。

メニューを注文して料理が出てくるのを待っていると、なんだか見た顔の人が店に入ってきた。なんと!昨日おととい(実は昨日、鞆の浦をぶらぶら歩いていると、仕事帰りの村上さんにばったり会って、鞆の浦の町をガイドしてもらったのだった。)とお世話になった村上水軍商会の村上さんが、僕たちの後を追っかけて、1人でカヤックを漕いでやってきたのだ。

鞆の浦から白石島までカヤックで2時間もかかる。ちょっとそこまでという感じでカヤックを足に利用している村上さん。いやー、瀬戸内のカヤッカーだね。僕も見習わねば。

アジの南蛮漬け、サヨリの干物、イカの煮物。さんちゃん食堂のごはんどれもおいしかったのだが、特においしかったのは雑魚の唐揚げ。

ネブト(テンンジクダイの地方名)という小魚の頭と内臓を取ったものをそのまま唐揚げにしているのだが、骨までぽりぽり食べられておいしい。あっという間になくなってしまった。

お昼ごはんの後、村上さんとはここでお別れして、僕たちは下げ潮に乗って東へ、村上さんも下げ潮に乗って西へ。

えっ?同じ場所で同じ時間に潮流が東と西に流れるなんておかしいんじゃない。

と思うかもしれないが、ここ白石島付近ではそうなのだ。

基本的に瀬戸内海の東海域では満潮に向かうときには、鳴門の方から瀬戸内海へ海水が流れ込んでくるために潮は西に動き、干潮に向かう時には鳴門から太平洋へと海水が出て行くために潮は東に流れる。

これが瀬戸内海の西域では、外海の入り口が西側にあるために、まったく反対の動きになるのだ。

そしてそして、その東と西の潮流の分水嶺(境目)が白石島のある笠岡諸島周辺に存在しているのだ。

したがって、僕たちは瀬戸内海東部の引き潮に、村上さんは西部の引き潮に乗ってらくちんカヤックができたというわけである。

お分かりになったかな?

潮に乗って漕ぐこと3時間。(長かった)ようやく塩飽諸島の手島に到着した。

島に到着したら、まず一番最初にしなければいけない大切なこと。

それは放尿、じゃなかった、第1島人を探してあいさつするということである。

「こんにちは。僕たちカヤックで来たんですけど、ここのスロープ使っていいですか?」

ただでさえ怪しい集団なのだから、笑顔を忘れてはいけない(笑)

手島で出会った第1島人のお母さんにカヤックの説明をする堀田さん。こういったコミュニケーションが旅を円滑かつ面白くしていくためには必要不可欠なのだ。

次に行うことは今晩の宿探し。僕たちはテントを持ってきていたのだが、今夜の天気予報はあいにくの雨。お母さんと交渉して、フェリーの待合所をお借りすることができた。

ラッキーなことに第1島人であるお母さんの旦那さんは漁師で、手島の自治会長でもあったのだ。人口40名ほどの手島の島長みたいなものだ。

待合所に荷物を移し、夜ごはんが完成する頃にはやはり雨が降ってきた。

そんなところへ、お父さん登場。待合所でいっしょに酒を飲み、楽しい夜は過ぎていった。

80歳で現役漁師のお父さん。まだまだ元気だ。

雨もしのげ、お腹いっぱい。プレハブの屋根に当たる雨の音を聴きながら、この日は快適な夜を過ごすととができた。

手島のお父さん、お母さん、ありがとう。

消灯。

お世話になった村上水軍商会村上さんと堀田さん
手島第1島人のお母さんにカヤックの説明をする堀田さん
フェリー待合所で手島のお父さんと宴会
こうして待合所は僕らの宿となった

3日目(11月17日)

やっぱり雨。しかも冷たい北風。

僕たちが一晩お世話になった場所は船客待合所。そして手島から丸亀に行く定期航路の始発は7時30分。ということで、早めに起床して荷物の片付けを始めた。

7時を過ぎると、待合所に島の人がぞくぞくと集まってきた。

隣の広島にデイサービスに行くおじぃちゃんや丸亀の病院に行くおばぁちゃんなど10名ほどの島人で小さな待合所はいっぱいになる。手島の人口は約40名ということだから、一度に25%の島民に出会ったことになる。みんな僕たちに興味津々で待合所に新しい人が入ってくるたびに同じ説明を繰り返す僕たち(笑)。

そんなところに昨日のお母さんが、うちにお茶でも飲みに来なさいと、傘を持ってやって来てくれた。お言葉に甘えてみんなでお邪魔することにした。

しかし、ただお茶を飲みに行ったわけではないのだ。昨日の夜、お父さんはデジカメとプリンターを買ったのはいいけど使い方が分らないと話していた。

そこで待合所を宿に使わせてもらったお礼に、僕たちがカスタマーサポートよろしく、その使い方を説明に行くことになったのだ。

あーでもない、こーでもないとやっているうちになんとか使えるようになり、分りやすい説明書きを作って、お父さんが撮った写真を自分でプリントアウトできるように説明する。

その後は朝から宴会が・・・。

どうせ外は雨、今日はここで撃沈したいところだったが、今回の旅は日程が短く、今日少しでも進んでいないと明日小豆島には帰れない。後ろ髪を思いっきり引かれながら、再び待合所に戻り、いやいや出発の準備をすることにした(笑)。

準備が整った後、お別れのあいさつをお父さんとお母さんに告げに行くと、カヤックのところまでたくさんのジュースを片手に見送りに来てくれた。

「また遊びにおいで」と見えなくなるまで手を振ってくれる2人になんだか胸が熱くなる。

ありがとうお父さん、お母さん。また遊びに来るね。

しかし、海は小雨と冷たい北風。吐く息も白く、そんな熱い胸のうちも急激に冷えていく。

それでも瀬戸大橋が目の前に近づいてきたときには再びボルテージが上がり始める。

速い潮流とタンカーの往来のためにすんなりとは近づけなかったが、カヤックから見上げる瀬戸大橋はどでかくて、その迫力に思わず興奮してしまった。

「瀬戸大橋でけー!」

そしてそのまま瀬戸大橋のたもとの櫃石島(ひついしじま)の漁港に上陸した。

しかし、冷たい雨に打たれ体が冷え、あまりにも寒くてテントを張る元気がない僕たちは、まずは本日の宿探し。すると漁協の事務所の横にいい感じのプレハブ小屋があるではないか。迷わず事務所に飛び込んで「隣のプレハブ小屋を一晩貸してくれないか」と子猫ばりのかわいい目をして漁協のおねぇさんにお願いしたのだった。

しばらくして現れた組合長はシーマンシップに厚い海の男で、プレハブ小屋の使用の了承はもちろん、あとで家に風呂に入りに来いとまで言ってくれた。

プレハブ小屋で着替えを済まし、組合長の家で熱いお風呂をいただくと、ようやくホッと一息つくことができた。

今日もいい旅、いい出会いがあった。優しい櫃石島の人たちに感謝。

それにしても今回の旅、カヤックに積み込んだテントをいまだ見ていない(笑)

手島のお父さんちでデジカメとプリンターを前に悪戦苦闘中の一同
雨の中見えなくなるまで見送ってくれた手島のお父さんとお母さん
瀬戸大橋をくぐります
櫃石島での僕たちの宿。漁師さんの番屋ですが・・・。

4日目(11月18日) 

かなりの冷え込み。起きるときれいな朝焼けが広がっていた。西風が強いものの久々の青空が拝めそうだ。

昨夜も櫃石島の漁師さんのご好意に甘え、快適な宿をお借りすることができ、ぐっすり眠れると思っていたのだが・・・。

小屋の隣にある魚の加工場で夜中から明け方まで、どったんばったんと作業が始まり、その作業の音で熟睡できず、寝たような起きていたような(笑)

今日は一気にゴールの小豆島を目指す。朝ごはんを食べて出発の準備を始める。

本日はたまたま、櫃石島の漁師さんが海のゴミ拾いをする日となっていた。朝早くから、漁港には漁師さんがぞくぞくと集まってきた。

「どっからきたんや?」

「ひっくり返らんのか?」

「学生か?」(あっきらかにおっさんチームなんですけど・・・)

この辺りの潮流情報なども聞きながら漁師さんとコミュニケーションをはかる。

櫃石島の人口は300人くらいといっていたから、昨日の手島に続き、櫃石島でも多くの島人に出会うことになった。

手島、櫃石島ではしばらくカヤックの話題で持ちきりのことだろう(笑)

出発前、昨日カヤックの船底を浅瀬でこすってしまった上野さんが修理を思案していると、うまい具合に漁港の隅で船大工さんが作業をしていた。

相談したところ、大きな船もカヤックも同じだと、傷を埋める樹脂を快く作ってくれて無事補修することができた。

櫃石島のみなさん、本当にお世話になりました。どうもありがとう。

午前9時、櫃石島を出発。

この日の潮は正午前に東へ動き始めることになっていたのだが、ゴールの小豆島までは約40kmも漕がなくてはいけない。この時間、潮はまだ逆だったが、漕いでいるあいだにうまく転流することを願って瀬戸大橋をあとにした。

潮は逆潮でも風は西風。うまい具合に追い風、追い波にサーフィンしながらビュンビュン進んで、2時間ほどで、きれいな三角錐の島、大槌島(おおづちじま)に到着することができた。

この大槌島。うちの前の浜から遠くに小さく見える島である。そして大槌島の海岸からははるか遠くに小豆島が見えた。一気に帰ってきた気分がした。

休憩もそこそこに再び海へ。

それにしても、やっぱり青空はいい。波があっても、風があっても、気分爽快。

大槌島を出ると明らかに追い潮となっていた。カヤックはさらにスピードを上げて一気に直島、豊島を通過していった。

そして目の前にはとうとう小豆島がはっきりと見えてきた。

風と潮をつかまえると40kmもあっという間だ。(あっという間と言うと、いつも堀田さんが、ほんまにあっという間か?と突っ込むのだが・・・)夕方3時前には小豆島の西の端に無事到着することができた。

しかし、ゴールの自然舎はもう少し先。

そして日が暮れる頃にようやく自然舎の前の浜にゴールすることができた。小豆島、案外大きい島だ。

今回の瀬戸内潮流旅、天候は悪かったものの、改めて瀬戸内海の美しさや奥深い瀬戸の歴史に感心し、潮流や風の力を実感することができた。

また行く先々で親切な島人に出会うことができた。瀬戸内海という穏やかな場所が優しい人たちを作っていくのだろう。いつかまたカヤックで会いに行こう。

そして今回素通りしてしまった島々。瀬戸内海には約300もの島々があるとされている。次回はどこへ行こうか。

瀬戸内潮流旅はまだまだ続く。 

朝焼けの櫃石島。今日は久々に晴れそう。
櫃石島のみなさんと
きれいな三角形の大槌島
とうとう小豆島が見えてきた!
ゴールした頃には日も暮れました