小笠原と小豆島

はじめに

小笠原諸島は東京から約1000km南に位置し、「東洋のガラパゴス」といわれるほど美しい海と貴重な動植物を有する島々である。

仕事の関係から小笠原諸島の父島に6年間住んでいたのだが、小笠原の豊かな自然や小笠原の海と空の下で自由に生きている人たちと接しているうちに、自分もこうした生き方をしたい、少しでも自然と人の架け橋となるような仕事をしたいと思うようになった。

そしてついには2004年の3月に一大決心をし、仕事を辞め、現在、故郷の小豆島で海と山のエコツアー自然舎を設立した。

今回は通常の人たちはめったに行くことができない(その理由はこの後の話を読んで!)小笠原のことを小豆島と比較しながら紹介したいと思う。

南島
島の内側に海岸が扇状に広がる不思議な島。
夏にはアオウミガメが産卵に訪れる。

島へ

茶色に濁りきった東京湾奥を出航し、波に揺られながら船の中で一夜を過ごす。

朝の新鮮な空気をもとめてデッキに出てみると、あたり一面、どこまでも蒼く透きとおった海。太陽の光が海の底に向かって吸い込まれていく。

水平線の向こうにかすかな島影が見えてきた。あと数時間もすれば、長かった船旅も終わり、まぶしい光に包まれた島々、小笠原諸島に到着する。

ホウオウボク
夏になると真っ赤な花を咲かせる。
小笠原の青い空にとても映える

小笠原ってどんなとこ?

小笠原諸島は日本最南端の沖ノ鳥島、最東端の南鳥島をも含む大小180あまりの島々のことを指しているが、民間人が生活しているのは現在は父島と母島の2つの島だけである。(かつては太平洋戦争の激戦地となった硫黄島にも人が住んでいた。)

亜熱帯気候に属しており、船のタラップを下りるとモワッとした空気に包まれる。しかし夏は30℃を越えるような日は少なく、日陰に入ると海から吹く風がとても心地よい。そして冬でも気温は18℃前後あり、暖房器具やコタツがなくても生活していける。

6年間この父島の気候になれた私たち家族にとって、内地(小笠原の人は本州のことをこう呼ぶ)の夏は暑すぎて寝苦しく、冬は寒くて寒くて、毎朝、布団のなかでいつまでも丸まってしまう。


小笠原の自然
 
小笠原諸島は島が誕生してから一度も大陸と陸続きになったことがないため、島に住む動植物には独自の進化を遂げた種類が多い。

小豆島にもショウドシマレンギョウやミセバヤなど何種類かの固有種*1が存在するが、小笠原には約230種類もの固有動植物が存在する。

枝をタコの足のように地面に伸ばす木「タコノキ」やメジロに似ているけど目の周りが黒い鳥「メグロ」などは小笠原でしか見ることができない。

そして島のまわりの美しい海では色とりどりのサンゴや魚はもちろん、クジラやウミガメなどにも出会うことができ、イルカと一緒に泳ぐなんてこともできる。


*1:ある限られた地域にしか生息していない生物の種類。

三日月山展望台からの夕景
高台にあるこの展望台からの景色はダイナミック。
水平線が広がり、地球が丸いことが分かる。
運がよければ太陽が水平線に消えていく瞬間に緑色に輝く「グリーンフラッシュ」を見ることができるかも。

小笠原の生活

父島には約2500人、母島には約500人の人が住んでいる。

島への交通路は唯一船だけで片道25時間半もかかる。しかも6日に1便しかない。そしてこの船によって食料品や郵便物など全ての生活物資が輸送されてくるため、いつもは静かな街(といっても食料品店は数件)も船が着いた日はちょっとした活気にあふれる。

だから島の生活サイクルは曜日ではなく、船の入出港によって動いている。今日は入港日という日はなんとなくウキウキするものだ。

昔は小豆島って不便なところだなぁと思っていたが小笠原の生活を体験した今では、小豆島ってなんて便利な島だろうと思うようになった。

しかし不便な分、小笠原の人たちはできることは何でも自分たちでやってしまうし、自然や音楽、お祭りなどが大好きで、毎日を楽しんで生きている。5年位前から始まったHula(フラダンス)などは、今や島の子供からおばさん(失礼!)まで200人くらいの人が参加しているし、専属のバンドまである。衣装なども自分たちで作っており、月の光のもと開かれるお祭りは荘厳な感じさえ受ける。

フラオハナ
フラのお祭り。
この日のために子供から大人まで一生懸命練習をしている。
おとこフラのチームもある。

別れ

今日は出航日。

自分の中の何かが変化するほどのインパクトを与えてくれた父島との別れの日。

港にはたくさんの見送りの人たちが集まっている。出航前に叩かれる小笠原太鼓の音が胸に響く。友人たちが手作りのレイ(葉っぱや花で作った首飾り)を首にかけてくれる。

時間ギリギリに船に乗り込み、急いでデッキに駆け上がり友人たちに手を振る。

汽笛とともに船はゆっくりと港を離れていく。船の脇には見送りの船が別れを惜しんでどこまでも付いてくる。

ありがとう!感謝の気持ちを込めて、もう一度島に向かって大きく手を振った。

見送り船
小笠原丸が出港した後、30分以上も船の横を伴走してくれる。
最後にはボートから飛び込んでくれる見送り船もある。

備 考 : この記事は「月刊ピープル(2005年2月号)」(2005年3月より休刊中)に
掲載された記事を加筆・訂正したものです。



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